月と銭湯と、10年後の話

自転車と月と銭湯の夜
夕食を終えても、まだ時間があった夜。娘と二人、自転車で銭湯へ向かった。
昼間は春の陽気だったが、夜は少し肌寒い。そんな空気の中で彼女がふと指をさし、「月が綺麗!満月だ!」と声を弾ませる。自転車を漕ぎながら、ただそれだけのことでこちらまで嬉しくなる。
銭湯の暖簾をくぐり、下駄箱の前で「今日はどこの番号にしようか?」という恒例のやりとり。「11番!」と即決。
体重計に乗ると、14.4kg。
着実に大きくなっている。
ゆっくりお湯に浸かりながら、ぽかぽかと体の芯から温まる時間。子育てに追われる日々の中、こうしてただ一緒に湯につかるだけで、心がほどけていく。
風呂上がりの飲むヨーグルトは、娘にとってのお楽しみ。もちろん私も一本。冷たいそれが喉をすべり落ち、じんわりと体に染みわたる。この瞬間のために、銭湯に来ているのかもしれない、と思えるほどだ。
休憩スペースでは、いつも決まって手に取る「ゆっぽ君」(銭湯を題材にした絵本)をまた開く。「これ、読んで!」と渡されたその本は、何度も読んできたけれど、彼女は飽きもせずに真剣なまなざしでページを見つめる。
読み終えると、「いい本だね」と、ぽつりと一言。
10年後の未来を語った日
帰り道、自転車で中野の夜を走る。
夜風が気持ちいい。ふと見上げた中野サンプラザに、私は何気なく言った。
「あの建物、建て替えが実現したとしても、早くて10年後だってさ」
「10年後?」と娘が反応する。
「10年後だと、あたし何歳?」
「15歳だな。そこのローソンでバイトしてるかもね」
冗談まじりに返すと、彼女は少し考え込むように言った。「そうか〜、働いてるかもしれないのか」
「お父さんはもう働いてたんでしょ?」
「そうだね。高校1年の時にファミレスでバイトしてたよ。君もすぐそうなるかもね」
「もう大人だね」と、しみじみした声で返ってきた。
その言葉に、胸の奥がじんとする。
少し前まで、湯船で遊んでいた赤ちゃんだったのに。
今では未来を想像し、人生に思いを馳せるようになった。
みんな、どんどん大人になっていく。
娘も、そしてたぶん、私も。
10年後、彼女はどこで何をしているだろうか。私はどこで何をしているだろう?
でも願わくば、10年後の月が良く見える日に、こうしてまた一緒に銭湯に来られていたら嬉しい。
家に着いた娘が「銭湯よかったね!」と満面の笑みで言う。
私は「うん」と頷いた。