二日酔いでも行きたかった「大切な場所」
土曜の朝。昨夜の職場での飲み会がたたり、体はまだアルコールの重さを引きずっていた。正直、ベッドから出るのも億劫で「今日はムリかも」と頭をよぎった。
でも、そのとき聞こえた娘の声。
「きょうはてすとだよ」
――その一言が、重たい身体を立ち上がらせてくれた。見に行くって約束していたしな。
今日は、彼女のプールの進級試験があるのだ。
以前は水が顔にかかるだけで泣いていた彼女が、どこまでできるようになったのだろうか。
「悔しい」は、ちゃんと頑張った証拠
最初はいつもの練習から。
こちらを見て手を振ってくる余裕もある。楽しそうだ。一連の練習が終わった後にテストが始まる。
そして、いよいよテスト開始。
一人一人順番にやっていく。
ロケットさん、バタ足、最後は背面でバタ足。
他の子も結構苦戦している。
特に背面でバタ足はみんな上手くいかない。
難しいもんな。実は私もできないし。
ついに、娘の番が来た。
表情まではよく見えないけれど、集中してきっと少し口から舌が出ているだろう。
最初はロケットさん。
バタ足せずに、浮いて進む。
よしっ!問題なし。
次はバタ足。
顔をしっかり沈めて、順調に進んでいく。
最初はあんなに水を怖がっていたのに、いまは堂々と泳いでいる。
最後は問題の背面キック。
どうだろう・・頑張れ。
隣で応援している妻もだいぶ不安そうだ。
「あーー」
思わず声が出てしまった。
すぐに足がついてしまい、失敗。
二度目もまた失敗。。
「ダメだったか・・」
三度目はなんとか進んでゴール。
浮かび上がるその表情から、自分でも「うまくいかなかった」とわかっている様子。
唇をきゅっと噛み、ぐっと堪えているように見える。
こちらの方に顔も向けない。
プールが終わって、ロッカーから妻と出てきた。
こちらに向かって歩いてくるその目には、涙がいっぱい。
こらえきれずに、ポロポロとこぼれていく。
肩を抱き寄せて、声をかけた。
「大丈夫大丈夫。よく頑張ったよ。あそこまでできたのすごいよ。ちゃんと見てたよ」
返事はない。
「悔しいのは、頑張った証拠だね。」
合格できなかったことを、彼女はもう分かっている。
でも、それ以上に「悔しい」と感じていること。
その感情をしっかり味わえたことが、何よりも尊いと感じた。
努力したから流れた涙。
泣きながらでも、まっすぐに感情を表現できた彼女に、父として「大きな合格点」をあげた。
涙のあとに待っていた、やさしい時間
お昼ごはんは、中野セントラルパークでハッピーセットを買って食べた。
ハッピーセットについてきたリカちゃん人形を手にしながら少しずつ笑顔が戻ってくる。
ふとした瞬間、はにかんだ顔でこちらを見るその表情に、こちらまで救われたような気がした。
試験の合否なんて、正直どうでもいい。
大事なのは「挑んだこと」。
そして「悔しい」と感じられたこと。
その気持ちを抱えながら、また次に向かえること。
それが、どれだけ立派なことか。
きっと今はまだ本人には伝わらないけれど、いつかその意味を知る日がくるはず。