「お母さんにサプライズしたい」と言った娘が、なぜか泣き出してしまった。あんなに嬉しそうに準備していたのに。
5歳の「ありがとう」は、きっと言葉よりも勇気がいるのだろう。
この日、私ははじめて「感謝を伝えることの難しさ」と、それを乗り越えようとする子どもの成長を目の当たりにした。
緊張の夕方、ふたりの秘密の作戦
公園から帰ってきて、家で着替えた後、ふたりで銭湯「天神湯」に向かった。
お風呂上がりの湯気のなか、常連らしき68歳の男性に話しかけられる。
「天神湯、テレビに出てたよ。俺は台湾で20日間、毎朝温泉だったから日本はぬるいね」と饒舌に語ってくる。
娘は黙って聞いていたが、たぶん何を言っているか半分もわかってなかっただろう。
銭湯を出ると、毎回のように「ゆっぽくん」を読みながらまったり。
その帰り道、夕飯はどうするかを尋ねると、「おうちでこまつなうどんたべたい」とのこと。
ならば、とライフで買い物をすることに。
その入り口で、母の日のコーナーを見つける。
赤いカーネーションに囲まれた一角で、ふと立ち止まる娘。
「お母さんに、スイカかってあげようか」
私がそう言うと、目をキラキラさせてうなずいた。
さらに「いつもありがとうって言って渡したら、きっと喜ぶよ」と言うと、「うん!」と即決。
ついでに「電話を打ち切りしてごめんね」も言ったら?と提案したけれど、それは「いわない」と笑っていた。
泣きながら伝えた「ありがとう」
ただ、スイカだけでは物足りなかったようで、店内をうろうろしていると、クマの形をした小さなケーキを見つけた瞬間、「これも買う!」と目を輝かせた。驚かせたい気持ちが、どんどん膨らんでいるのが伝わってくる。
家に帰ると、「お母さんにはないしょね」と、2階にいる妻には何も知らせず、ひっそりと準備。
ところが、2階のリビング前まで来て、娘がなぜかモジモジと足を止めてしまう。
背中にはスイカとケーキの袋。
完全に挙動不審だ。
「どうした?」と声をかけても、口ごもるばかり。
妻からは「なんか一階でコソコソしてるの、ちょっと聞こえちゃったよ」とバレバレなコメントも。
その瞬間、娘はまさかの…涙。
ポロポロとこぼれる大粒の涙に、私は戸惑った。
「泣くとこじゃないぞ」と苦笑いしながら声をかけるけれど、気持ちの整理がつかないのか、しばらくその場から動けなかった。
きっと、照れくささと緊張と、期待と不安が入り混じったんだろう。
彼女にとって「ありがとう」は、ただの言葉じゃなかった。
心をこめて、相手に伝えたいという気持ち。その一歩を踏み出すのが、想像以上に勇気のいることだったのだ。
小さな背中が伝えた気持ち
「どうしたらいい?」「どうしたい?」
と尋ねると、娘は「おとうさんは下にいって」と言う。
「じゃあ、トイレに行ってくるよ」と伝え、私は廊下のトイレにこもる。数秒後──
「おかあさん、いつもありがとう!」
ドア越しに、その声が聞こえた。
続いて、妻の「ありがとう〜」という、明るくちょっと泣き声混じりの声も。
やったな、と思った。
ちゃんとできるじゃないか。
私がいて照れ臭かったから言えなかったのだろうか。
リビングに戻ると、妻は目をうるませながら笑っていた。そりゃそうだよな。
何も言えず立ち尽くしていた5歳の子どもが、ようやく自分の言葉で気持ちを伝えたのだから。
夕飯は、リクエスト通り小松菜うどん。
その後は、スイカとクマのケーキを囲んでちょっとしたパーティーに。
「どうして立ったままだったの?」と娘に聞いても、「わかんない!」。
きっと、言葉にできない気持ちがたくさんあったのだろう。
そのあとは、妻が「記念に写真撮りたい」と言うので、ふたり並んでパチリ。
カメラを構えると、娘はずっと変な顔をしてふざけていた。
チェックリスト:子どもの「ありがとう」を応援するコツ
🧡 サポートは“少し引いて”が基本
🛒 一緒に買うのも、選ぶのは子どもに任せてみる
🚪 渡すときは「見守り役」になって距離をとる
📸 写真は「自然体」で撮れるよう、無理強いしない
👂 うまく話せない気持ちは“言葉以外”で出ることも