「あの子はもう、ひらがなが書けるのに…」「うちはまだ、オムツが外れない…」。
子供の成長を願うほど、なぜか隣の子の芝生は青く見えるものだ。その“比較”が、親の心を焦りと自己嫌悪で満たしていく。だが先日、そんな無限の比較地獄から抜け出す、たった一つの、しかし絶大な効果を持つルールにたどり着いた。
この記事は、我が家が見つけた「比べない育児」の実践記録。
そして、あなたの心を縛る“呪い”を解き、毎日を少しだけ優しくするための、具体的な思考法だ。
隣の芝生は、いつだって青く見える
保育園の帰り道。向こうから歩いてくる親子連れの会話が、嫌でも耳に飛び込んできた。
「かんじドリル、きょうも1ページやったよ」
「えらいわねぇ、もうそんなこともできるの?」
その瞬間、俺の心に、ずん、と重い何かが沈んだ。
俺の娘は、まだ自分の名前すら、おぼつかない文字で書くのがやっとだ。「4」と「9」は、今でも高確率で反転している。ましてや、漢字ドリルなど、異次元の彼方にある存在だ。
……うちの子、このままで大丈夫なのだろうか。
そう思ってしまった自分に、軽く嫌気がさす。
わかっている。
子供の成長には個人差があることなど、頭では痛いほどわかっているのだ。
それでも、心のどこかで「平均」や「世間体」という名の見えない物差しを持ち出し、我が子を測ってしまう。
そして、勝手に落ち込む。おそらく、これは親という生き物が持つ、抗いがたい業(ごう)のようなものなのだろう。
物差しを「横」から「縦」に変えた日
その夜、風呂上がりの娘が、お気に入りのプリンセスのパジャマを、少しだけぎこちない手つきで、しかし一人で着ている姿が目に入った。
その時、ふと、去年の今頃のことを思い出した。
去年の今頃、彼女の世界は「アンパンマン」を中心に回っていた。
スーパーに行けば、アンパンマンの顔が描かれたソーセージを指差し、「アンパンマン!」と叫ぶのがお決まりのパターン。服も、おもちゃも、すべてがアンパンマン。それが、彼女の宇宙の全てだった。
それが今やどうだ。
アンパンマンへの熱はすっかり冷め、ディズニープリンセスの名前を諳(そら)んじている。「きょうは むらさきが すきなの」と、明確な好みと自己主張を持ち、ぬりえは、はみ出さないように、真剣な顔で枠の中を丁寧に塗っている。
そうだ。たった一年で、彼女はこんなにも変わったのだ。
ひらがなはまだ書けないかもしれない。でも、自分の「好き」を言葉で表現できるようになった。
漢字ドリルはやっていないかもしれない。でも、指先の細やかなコントロールができるようになった。
そう気づいた瞬間、さっきまで私の心を支配していた、漢字ドリルの親子の残像が、すぅっと消えていった。
俺が向けるべき視線は、隣を歩く誰かじゃない。
すぐ後ろを歩いてきた、過去の娘自身だったのだ。
それから、我が家には一つの絶対的なルールができた。
「他人とは比べない。比べるなら“去年の娘”だけにする」
この、たった一つのルールが、私の育児を、そして私自身の心を、劇的に楽にしてくれた。
“横”の比較は、常に優劣と焦りを生む。
勝っても驕り、負ければ妬む、終わりなき競争だ。
しかし、“縦”の比較――つまり過去の自分との比較は、純粋な**「成長の喜び」**だけをもたらしてくれる。
- マグロの寿司が、食べられるようになったじゃないか。(去年は玉子しか食べなかった)
- 牛乳を、少しだけ飲めるようになったじゃないか。(去年は頑なに拒否していた)
- 「これ、おとうさんにも あげる」と、分け与えることを覚えたじゃないか。(去年は全部自分のものだった)
どれも、他人から見れば些細なことだ。
だが、去年の彼女を知っている俺たち家族にとっては、ノーベル賞級の、偉大な進歩なのだ。
この「できた!」の蓄積に気づけると、子供の「できないこと」にイライラする時間がいかに無駄だったかを思い知る。
未来に過剰な期待をすれば、焦りが生まれる。
だが、過去の確かな成長に目を向ければ、優しさが生まれる。
育児に必要な“ものさし”は、他人の家にあるのではない。自分の家の、アルバムの中にこそあるのだ。
明日からできるアクションプラン
「比べない」と決めても、つい比べてしまうのが人間だ。そんな時に、思考を「縦」に切り替えるための具体的なアクションプランを紹介する。
✅ スマホの待ち受けを「去年の今日の写真」にする。
最も簡単で、最も効果的な方法だ。スマホを開くたびに、一年前の我が子の姿が目に入る。その幼い表情を見るだけで、「ああ、大きくなったな」と、自然に優しい気持ちになれる。
🟡 「できたこと日記」を、一行だけ書く。
大げさな育児日記は不要。カレンダーの隅や、スマホのメモ帳に「今日、初めて〇〇ができた」と一行だけ記録する。数ヶ月後に見返した時、その成長の軌跡に驚くはずだ。
🟢 子供に「赤ちゃんだった時の話」をしてあげる。
「〇〇が赤ちゃんの時はね、ミルクも全然飲まなくて大変だったんだよー」と話して聞かせる。それは、子供の自己肯定感を育むと同時に、親自身が「あの頃に比べれば…」と、成長を再確認する時間にもなる。
🔵 焦りを感じたら、声に出して「うちはうち」と言う。
古典的だが、効果は絶大。言葉にすることで、脳はそれを事実として認識しようとする。「よそはよそ。うちはうち。我が家のペースでいこう」と、自分自身に言い聞かせるおまじないだ。
(おまけ)よくある3つのナゾ
ふりかえりと、すこしだけ心のメモ
子どもの成長は、競争じゃない。
でも、気がつけば誰かと比べてしまっているのが、親という生き物。
だからこそ、ほんの少しでいい。
昨日の娘、去年の娘、そして赤ちゃんだったあの頃の娘を、思い出してみる。
「去年はできなかったのに、今はできる」
それが、なによりも確かな成長。
そしてきっと、未来にばかり目を向けるよりも、“今ここにいる子ども”とちゃんと向き合うためには、“昨日のわが子”を見ることが、ちょうどいいバランスなのだと思う。